かなり風もおさまり、穏やかに日が暮れていこうとしている3月10日。そんな夕焼けの富士山をキレイだなあなんて眺めてられるのも、この国がいま、平和だからだ。しかし70年前の今夜、東京では100万の無辜の人々がナパームの炎に焼かれ、10万人の命が消えた。強風の日を選び、日本の木造家屋を効果的に燃やすために最適化された焼夷弾を40万発降らせ、そして70年後のいま、茅ヶ崎を含む1都8県に渡る横田空域の航空を管制しているのが米軍だ。ドイツでは米軍の撤退に伴って90年代に空域がドイツ軍に返還されたけれど、日本は2015年に至るも、大部分が返されていない。ということは、平たく言えば、日本はまだ戦勝国による占領下にあり、正しい意味での独立が果たされてないということだ。
なーんて書くと、右の人からは左と呼ばれ、左の人からは右だと言われたりするわけだが、ホント、やれやれである。領土内に実効的支配を持たない場所が山のようにあるんだから国際法上の国家とは呼べないんじゃないか、という可能性について言ってるだけである。ついでに言えば、占領下にあるからこそ70年、日本は平和でいられたことだって、憲法の条文を唱えてれば平和でいられるなんてお花畑な脳ミソでもしてない限り、誰だって知っている。なーんて書くと、左巻きの人からはオマエは改憲論者かなんて言われるわけだが、誰もそんなことは言ってない。ただ、平和主義をうたう憲法は百数十カ国あるし、戦争放棄だって数カ国あるし、ホントに軍隊持ってない国さえ複数存在する。憲法に平和をうたって平和になるなら、いまごろ世界はバラ色だったはずだ。
とにかく我々日本人の常識や価値観や感覚で世界を見たんではダメである。大事なのは、想像力と推理力だと思う。そして想像力と推理力を働かせるために、もっと見て、調べて、読んで、感じて材料を集め、そして想像力と推理力を働かせ、考えて、行動しないと、いつか自分たちのアタマの上に、あるいは子孫たちのアタマの上に焼夷弾が落ちてくるようなことになっちゃうよ。