今日朝9時の線量は0.038μSv/h。そしてこの24時間はすっと38で推移していたようだ。
以前、どこかの局のドキュメンタリーで「相馬野馬追」を見たことがある。上空に打ち上げられた神旗を数百騎の騎馬武者が争奪したり、素手で荒駒を捕まえるなどする、平将門に由来するという荒々しい神事。相馬市小高区などに出されていた避難指示が7月12日に解除されるのも、もちろん小高神社境内で行われる野馬懸に間に合わせるべくのことなのだろう。
相馬市から南相馬、そして浪江のすぐ北の小高まで、南北4カ所で開催される祭。相馬は1Fから20km離れているが、南相馬は20km圏内。もちろん南ほど強く汚染され、警戒区域、計画的避難準備区域、緊急時避難準備区域と地域が分断(現在も南相馬は小高区、原町区に帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域が設定されている)された。それでも地元の祭にかける意気込みは強く、避難先から出場する人も多かったり、馬の確保が難しかったりしながら、規模を縮小したり、小高の祭は神社を移したりして行われていたのだ。
しかしこれがもし双葉や大熊の祭であったなら、もちろん1F事件から5年後の現在に至るも開催は不可能だっただろう。地震や豪雨、津波などの天災にしろ、大火災などの人災にしろ、大地がそこにあれば、また人はそこへ行き、新たな活動をはじめることもできる。しかし核汚染は、人がそこに立ち入れないという意味で、その大地が海中に没したのと同じ類いの喪失なのだ。しかも、海中に大地が没すれば、まだあきらめもつく。新たに新天地を求めることもできる。そこにあって、見えている故郷なのに、見えない放射線に立ち入りを阻まれ、故郷を失う。これが核事故の恐ろしさだ。